黒野駅で並んだ本揖斐行きと新岐阜駅前行き急行

3回ほど竹鼻線の話題を挟みましたが、今回は再び2001年9月30日の運行で廃止になった路線の廃線間際の様子について振り返ってみます。

今回は、揖斐線の黒野~本揖斐間について取り上げます。
揖斐線は、忠節~本揖斐間の路線で、2005年3月末の運行で全線廃止されてしまうのですが、黒野~本揖斐間は、一足先の2001年9月30日の運行を最後に廃止されました。

黒野~本揖斐間には、中之元・清水の2つの途中駅がありました。
清水と書くと瀬戸線の駅を思い浮かべられる方が多いと思いますが、揖斐線にも同じ字を書く駅があり、揖斐線の方は”きよみず”と読みました(瀬戸線の方は”しみず”)。
当時は、瀬戸線と本線系・本線系と揖斐線の距離を通算して乗車券の発行が可能だったので、瀬戸線の清水発揖斐線清水行という乗車券の発行も可能だったようです。

運行形態は、黒野~本揖斐間は完全に独立した運行形態となっており、朝夕は概ね30分毎、昼間は1時間毎に運行されていました。
もう少し前(2000年3月ダイヤ改正以前)には、岐阜駅前への直通列車も早朝に運行されていた気がするのですが、残念ながら資料がありません。

車両は、古豪のモ750形が使用されていました。
モ750形は、1927年に登場し、本線・瀬戸線・揖斐・谷汲線と場を移しながら活躍し、2001年9月30日の揖斐線黒野~本揖斐間と谷汲線の運行終了とともに引退しました。
最後まで活躍した3両は、谷汲駅などで保存されています。谷汲駅に保存されるモ755号については、当サイトでも以前取り上げました。こちらよりご覧ください。



ここからは、写真で紹介していきましょう。
撮影日は、2001年9月30日です。雨の影響で暗く、ブレてしまっている写真もありますが、ご了承いただければと思います。モ750形754号の本揖斐行き。黒野駅に停車する本揖斐行きモ754号。

2001年9月30日の黒野駅”永い間ありがとうございました”の看板が掲出された黒野駅。
黒野駅の駅舎は、2005年3月末の揖斐線全線廃止後も残されており、”黒野駅レールパーク”として整備されています。

黒野駅駅名板黒野駅の駅名板。
2001年10月以降は、分岐駅から終着駅になってしまいました。

黒野駅で並んだ本揖斐行きと新岐阜駅前行き急行本揖斐行きと新岐阜駅前行き急行の並び。
運行最終日とあって、多くのファンがお名残乗車に訪れていましたが、写真からもその様子が伝わってくるかと思います。
新岐阜駅前~黒野間も、モ780形の列車だと、1両ワンマン運転が基本でしたが、この時は増結され、車掌も乗務していたようです。方向幕がワンマン表記でないものが出されていることからわかりますね。

揖斐線黒野~中之元間にて。黒野~中之元間にて。

本揖斐駅に停車するモ750形755号。本揖斐駅で発車を待つモ750形755号の黒野行き。
お名残乗車をする多くのファンがいました。

本揖斐駅駅舎本揖斐駅駅舎。
本揖斐駅の駅舎は、廃線後解体されてしまい、跡地は現在では駐車場になっているようです。

次回は、谷汲線の廃線間際の様子を振り返ってみたいと思います。

最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

おわり。

投稿者 めいはん

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