先回、6011Fに施された白帯について取り上げましたが、ご覧頂けましたでしょうか?
6011Fの車内広告や西尾駅の展示(Instagramに貼ったのでご参照ください)で、過去に活躍した白帯車について取り上げられており、懐かしさを感じられた方も多かったと思います。
当サイトでも、過去に活躍した白帯車について取り上げてみようと思います。
長くなるので、前編(今回)と後編(次回予定)の2回にわけて紹介致します。ぜひ最後までご覧になってください。
なお、旧5000系や旧3700系などが白帯を巻いて走っていた頃は、生まれる前のことで、さすがに写真はありません。あらかじめご了承ください。
まずは、なんと言っても7000系パノラマカーでしょう。
1982年に特急専用車(座席指定専用車両)であることを示すために登場。
改造当初(一次改装車)は、モケットの交換や通路のカーペットの設置などが行われた程度でしたが、1986~1987年に改造された二次改装車では座席の交換や公衆電話の設置、展望席へのデジタル式速度計の設置など本格的な改装が行われました。
特急としては1999年5月9日まで活躍。最後まで白帯車として特急運用に入ったのは、7011F・7029F・7037F・7039F・7047Fの5編成(すべて4両)でした。その後は、順次白帯の撤去が行われ(7029Fは白帯車のまま廃車)、2002年6月の7011Fを最後に白帯車としての運行を終えました。
3500系と並ぶ7047Fの新鵜沼行き特急(1999年4月、河和にて撮影)。
1000系と並ぶ7000系白帯車(1999年4月、新鵜沼にて撮影)。
犬山橋を渡る7039Fの新鵜沼行き特急(1999年4月撮影)。
続いて、7700系を。
7700系は、一次改装車として1983年に7709F~7715Fの4編成(すべて2両)が白帯化されました。
1990年に残りの編成も2両編成化及び白帯化が施され、すべての編成が白帯車となりました。現役で白帯だった頃の7700系の写真はほとんど発見できず、普通運用のみの紹介です(1998年8月、碧南中央にて撮影)。
7700系も1999年5月9日までは、特急の座席指定車という扱いだったのですが、正月の豊川稲荷輸送以外での特急運用は見た記憶がなく、記憶に残っているのは、急行や普通で活躍する姿のみ。常滑線の急行や三河線の碧南への直通急行でよく見かけました。
7700系は、2001年より三河線の知立~猿投間のワンマン列車で使用されることになり、ワンマン運転用の機器を搭載。白帯のままワンマン運用に入る姿も一時期見られましたが、順次白帯の撤去が行われ、2003年3月の7715Fをもって7700系の白帯は消滅しました。
前編最後は、5500系に実施された復刻塗装について取り上げます。
5500系の廃車が進み、2両✖3編成(5513F、5515F、5517F)となった2003年7月より、甦る5500系記念イベントとして、5517Fがチョコレートツートンカラー、5513Fがストロークリームに赤帯、5515Fがスカーレットに白帯の塗装に復刻されました。
今回は、テーマに沿い、スカーレットに白帯となった5515Fについて紹介致します。
スカーレットに白帯となった5515Fは、2003年9月の記念イベントでお披露目され、2005年1月の運用離脱まで活躍しました。広見線の普通運用に入る5515F(2004年12月、犬山~富岡前間にて撮影)。
5500系の白帯は、1968~1970年頃の塗装だそうです。7000系や7700系の特急専用車よりも、白帯が細いのが印象的でした。
イベント時以外は、5300系等と共通運用なので、様々な運用に入り、多くの撮影者が盛んに撮影していました。朝の名物列車だった727列車に入る5515F(2004年6月、神宮前にて撮影)。
727列車は、岐阜方から5300系または5500系の2両と7000系または5700系の6両の併結で運用されていた列車で、様々な組み合わせがみられました。727列車について詳しくは、ブログアーカイブの727列車をご参照ください。
5500系3重連の1542列車(2005年1月、神宮前にて撮影)。
主に、5300系や5500系の2連×3本の6両で運転されていた1542列車。弥富発碧南行き・須ケ口~知立間急行の列車で、須ケ口~知立間が6両で運転されていました。大半は、5300系が編成に入るのですが、5500系の3重連になることが稀にありました。
この日が、5500系3重連での最後の運転となった1542列車となり、非常に多く方が撮影されていました。
現在は、5500系どころか三河線への直通列車すら消滅してしまい、時代の変化を感じますね。
後編につづく。