今回は、先日、一部の列車のみ紹介してそのままになっていた、かつて走っていた夜行列車について取り上げます。
先回の記事はこちらからご覧ください。

2026年9月22日~23日には、今度は上りの夜行新幹線「東海道ルミエールエクスプレス」が運転されるそうですね。
定期の「サンライズ瀬戸」・「サンライズ出雲」も最近人気だそうで、夜行列車の復権がこれから進むかもしれません。

今回は、過去の夜行列車のうち急行「能登」と急行「はまなす」について振り返ってみたいと思います。




まずは、急行「能登」から。
急行「能登」は、上野と金沢を上越線経由で結んでいた急行列車で、特急型の489系で運転されていました。2010年3月のダイヤ改正で廃止され、以後は2012年まで多客期の臨時列車として運転されました。
臨時化後は乗車したことも、撮影に出向いたこともないので、今回は定期運行していた頃に絞って取り上げます。

先日も紹介した時刻表置き場で運転時刻や編成を振り返ってみましょう。
廃止直前(2010年)の金沢行きは上野23時33分発で金沢6時29分着、上野行きは金沢22時15分発で上野6時05分着だったようです。
熊谷・高崎や津幡・高岡など始発駅付近でも比較的こまめに停車していました。そのため、首都圏と北陸とを結ぶ列車としてだけでなく、特に金沢行きは、東京近郊のホームライナー的な使い方もされており、高崎で降りるはずだったのに、気づいたら富山だったなんて言う笑えない話もあったようです。急行能登と寝台特急北陸金沢駅で寝台特急「北陸」と並ぶ489系急行「能登」(2004年撮影)。
「北陸」も運転区間は、「能登」と同じく上野~金沢間で、「能登」と同じく2010年3月のダイヤ改正で廃止されました。

489系についての詳細と外観の写真は、以前紹介したこちらよりご確認ください。9両編成のうち、1~3号車が指定席で1号車はレディースカー、4号車がグリーン車、それ以外が自由席で、6号車にはフリースペースとしてラウンジが設けられており、ソファーが設置されていました。グリーン車の車内。
赤い絨毯が敷かれ、座席の肘掛けのところにも布のカバーがついており、旧国鉄車らしい優雅な雰囲気でした。
現在は、グリーン車の枕カバーでさえ、合成皮革や不織布のものなどが多数を占めていること考えると、隔世の感がありますね。

普通車(中間車)の車内。
座席は、最大まで倒すかまったく倒さないかの2択しかできないリクライニングシートでした。
背もたれを浮かすと元の位置に戻ってしまう簡易リクライニングシートではないですし、こういう座席は何と呼べばよいのでしょうか・・・?
先頭車が京都と小松に残っていますが、先頭車の座席はフリーストップ式に改造されているので、この座席はもう見ることができないでしょう。




つづいて急行「はまなす」について振り返ってみます。
急行「はまなす」は、青森と札幌を上越線経由で結んでいた急行列車で、14系・24系客車が使用されていました。けん引していた機関車は、青森~函館間はED79形、函館から札幌間はDD51形で、2016年3月に廃止されました。

こちらも「能登」と同様、時刻表置き場で時刻や編成を確認してみましょう。
2014年は、札幌行きは青森22時18分発で札幌6時07分着、青森行きは札幌22時00分発で青森5時39分着だったようです。

客車は7両で、1・2号車がB寝台車、4~6号車が指定席、3号車と7号車が自由席で、指定席のうち4号車はカーペットカー・5~6号車はドリームカーと言われ元グリーン車の座席が使用されていました。ドリームカーの一部の車両は、2019年に東武鉄道に譲渡され、SL大樹で使用されています。

さまざまな設備の車両が連結されていた急行「はまなす」ですが、私が乗車したのは自由席でした。

急行「はまなす」の自由席車内と座席。
旧国鉄時代からの座席でしたが、眠れなかったとか座り心地がひどく悪かったなどの記憶がないので、それなりには眠れたのでしょう。
今さらかもしれませんが、機会があれば「SL大樹」に乗って、ドリームカーを体験してみたいですね。

函館駅で発車を待つ札幌行き急行「はまなす」(2009年撮影)。
非電化区間を牽引するDD51形は、寝台特急では重連でしたが、急行「はまなす」では1両での牽引でした。

終点の青森に到着した上り急行「はまなす」(2009年撮影)。

「はまなす」と485系3000番台との並びが見られました(2009年撮影)。

乗車した過去の夜行列車の振り返りは、今回までとし、次回の夜行列車の記事では、寝台特急の写真を皆様にご覧いただく予定です。

最後まで読んでいただきありがとうございました。